
「……ファイアの日にまた会える……」
これは1997年に初代PSで発売された、香港の九龍城砦をモデルとしたADV『クーロンズ・ゲート』のヒロイン・小黒(シャオヘイ)のセリフです。小黒は “ファイアの日”について、自らの夢の中でどこかに存在するらしい姉から告げられたと語るのですが、この日が具体的に何を示すのかは、最後まで曖昧なままです。
少なくともファイアの日について確かなのは、作中では1997年の5月22日に設定されているということでした。謎だらけの『クーロンズ・ゲート』を象徴する言葉ということで、本作のファンの多くはこの日を心に留めているのです。
そんなファイアの日ですが、近年では5月22日が近づいてくると、本作のメインクリエイターたちが毎年のようにイベントを行っています。今年もそんな『クーロンズ・ゲート』ファンミーティング「九龍路人集会」が、ファイアの日から2日後となる5月24日に宝塚大学・東京新宿キャンパスにて開催されました。
イベントでは『クーロンズ・ゲート』のキャラクターデザインを行った井上幸喜氏、小黒役の声優・野中希氏、そして音楽の蓜島邦明氏が登壇。開発秘話と移植についての裏事情のほか、開発中の新作であるスイッチ版『クーロンズゲート朱雀 Suzaku』(以下、朱雀 Suzaku)の紹介、そして『クーロンズ・ゲート』本編の移植の可能性について語りました。
20代の新しいファンを開拓し続ける『クーロンズ・ゲート』

『クーロンズ・ゲート』は膨大な情報量に覆われているだけでなく、作中で多くの謎が残るADVでした。メインクリエイターたちが語る、作中の謎を解くきっかけになりそうな制作秘話を聞き逃すまいと、ファンは作中の九龍城(『クーロンズゲート』内の正式表記です)を覆う路地裏の電線やネオンライトに覆われた街の奥から真相を探るかのように、ファンミーティング会場へ駆けつけるのでした。
そんな、熱量の高いファンが集まったイベントなのですが、イベントが始まる前に会場を少し眺めてみると驚きました。若い方が想像より多いからです。
物販やフィギュアなどグッズの展示会場やイベント会場に目を向けると、30代や40代の男性や女性の客に混じって20代前後と見られる女性が少なくなく見受けられました。全体的に男女の比率が5:5だったのですが、一目見た感じの客層が若いのです。どうやら今でも『クーロンズ・ゲート』は新しいファンを開拓し続けているようなのです。
古いゲームのイベントでこれは驚異的な事だと言えるでしょう。こうしたイベントでは、どうしても当時から一緒に年を取ってきたファンが集中しやすい分野ですから。
さらに『クーロンズ・ゲート』は30年近くも前のゲームで、続編も出ていません。オリジナル版で遊ぼうと思っても、プレイできる環境は限られています。プレイステーション版のソフトを買って、古いPSかPS2で遊ぶか、もしくはPSVita、PS3のPS StoreでDL版を遊ぶしかないためプレイするハードルが非常に高い状況です。
にもかかわらず、『クーロンズ・ゲート』では、発売した当時に生まれていなかったような若い客が、先述のような環境にも関わらずファンになっているのです。

若い客が『クーロンズ・ゲート』に引き寄せられるのは、いま九龍城砦を題材とした映画や漫画が見受けられるのも関係があるのでしょうか?
たとえば今年の始めに公開され、大きな話題となった香港映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦」はそのひとつでしょう。本作は苛烈なアクションの舞台として、タイトル通り混沌とした九龍城砦が登場しており、多くの観客に魔窟を印象づけていました。
もうひとつは眉月じゅん氏による連載中の漫画「九龍ジェネリックロマンス」でしょう。こちらはかつて取り壊された都市を立て直した第二九龍寨城を舞台に、ミステリアスな恋愛が描かれるストーリーを展開しています。
眉月氏は「九龍ジェネリックロマンス」のインタビューで九龍城砦との出会いを「中学生でプレイした「クーロンズ・ゲート」ですかね」と語ったり、作中で『クーロンズ・ゲート』のヒロインと同名の小黒が登場したりするなど、ダイレクトに影響を受けているのが伺えます。
このように魔窟のイメージがさまざまな作品にて、時を越えて受け継がれていることも『クーロンズ・ゲート』が新しい客層を生み出しているのに関係があるのかもしれません。
しかしなにより一番大きいのは、後述する「クーロン様が呼んでいるんだよ……」という、イベント本編で作り手たち自身が語った不気味な感覚のように思えます。この「作品に呼ばれる」感覚に作り手もファンも囚われたことが、若い新たなファンを生み出すところにまで繋がっていったように思えるのです。
実質的な初代リメイクに一歩づつ近づく。さらに強化されたスイッチ版『朱雀 Suzaku』の体験

「えっ、会場の年齢層が若くない?」『クーロンズ・ゲート』を作曲した蓜島邦明氏もイベントが開始するやいなや、客席を見てこの一言を発していました。蓜島氏は近年、毎年のように『クーロンズ・ゲート』に関連したイベントに参加しているだけに、今回の客層には驚いているようでした。

今回のファンミーティングの目玉は、なんといってもスイッチで今年発売を予定している『朱雀 Suzaku』が実機で披露されたことでしょう。
こちらは2017年にPS4でリリースされた、PSVR向けタイトルである『クーロンズゲートVR suzaku』の内容をさらに拡張したもの。もともと原作の『クーロンズ・ゲート』序盤の舞台である龍城路をVRで歩き回れるようにしたものでした。
しかし歩ける範囲は限定されており、あくまで原作ファン向けのインタラクティブなコンテンツ以上のものではなかった、と少なくとも僕は感じていました。
『クーロンズゲート朱雀 Suzaku』では8年の時を経て、さらにグラフィックやゲームの内容を強化したといいます。イベントで披露された実機映像では、移動できる範囲を拡張し、より原作の舞台を生々しく体験できる模様です。今回は原作にはなかった雨の日の九龍城を体験も可能など、より情感がある街歩きが期待できる作りとなっています。

また、今回は原作でも印象深かった敵キャラ「鬼律」(グイリー)が『朱雀 Suzaku』オリジナルのデザインで登場。
グロテスクなデザインの多い原作とは違い、ちょっと丸っこくてちんまりしたデザインに、会場からは「かわいい~」と歓声が上がっていたりしました。僕から見ても確かにストレートに可愛いデザインでした。
可愛さなど程遠かったはずのオリジナル版から幾星霜、子供の生首に車輪がついたようなキャラ桃児を「グロテスクだがかわいい」と無理やり思っていたものですが、ちゃんとかわいいキャラが披露されたこの瞬間はなんというか、時の流れを感じなくもなかったのでした。

もうひとつの目玉は『朱雀 Suzaku』で新たに実装されたゲームプレイでしょう。こちらは原作のように街を歩き、重要なキャラと会話をしたり、アイテムを集めたりしながら物語を進めていく体験が実装されています。
今回『朱雀 Suzaku』では具体的なストーリーとして『クーロンズ・ゲート』本編以前の世界が描かれているとのこと。まだ陰界に封じられている時の九龍城が舞台です。ここでは街と小黒の部屋まで地続きで歩けるほか、九龍城で暗躍する組織「是空」の関係する場所も探索できるようになるなど、より『クーロンズ・ゲート』の世界観を知ることが出来る内容になりそうです。

実機映像では、忘れられないキャラのひとり双子師と会話するシーンが披露。メッセージボックスや文字のフォントなどがオリジナルの『クーロンズ・ゲート』と同じにすることで、より没入感を高めた作りを目指しています。
いわば、「もし現代に『クーロンズ・ゲート』がフルリメイクされたとしたら?」というIfの体験ができることが、『朱雀 Suzaku』の魅力のように思えました。ただ開発陣は本当のリメイクを行うことにも前向きでした。実機映像を披露したあと、井上氏は「オリジナル版のストーリーを全部、遊べるようにしたいし、別の主人公による別の体験も作りたい」と語っています。
『朱雀 Suzaku』はオリジナル版で俗にJPEGダンジョンと呼ばれる、街を舞台としたパートを自由移動出来るように作り直したものですが、実はリアルタイムダンジョンのパートも開発を進めていることも明らかにしました。井上氏は今回『朱雀 Suzaku』をきっかけに、資金と時間があればリメイクを手掛けたいとのことです。
実はオリジナル版の「目コピ」で開発していた!? VR版と『朱雀 Suzaku』開発秘話

『朱雀 Suzaku』や前身の『クーロンズゲートVR suzaku』はどんな経緯で作られたのでしょうか? 開発秘話を井上幸喜氏が明らかにしました。
今から10年ほど前、業界的にVRが大きなブームとなっていました。PCやスマートフォンなどでVRヘッドセットが立て続けに登場し、ゲーム産業でもPSVRがリリースされるなど、高い注目を集めている時代でした。
そこで井上氏は、自らが代表を務めるジェットグラフィクスにてPSVRのローンチ向けにコンテンツ制作を考えた時、「持ちネタ」である九龍城をやりたかったということで、本格的に『クーロンズゲートVR suzaku』の開発が進むことになります。しかし当初はVR酔いの対策に苦労したとのことでした。
やがて任天堂でもスイッチでVRを展開すると聞いて、「朱雀 Suzaku」の企画が立ち上がります。しかし、任天堂は自社で段ボールを組み込む『Nintendo Labo VR KIT』をリリースしたものの、本格的なVRは展開しませんでした。
そのため、井上氏は「開発をやめようかと思っていた」そうですが、「もうVRがなくても、街を歩いているだけでも楽しいから、スイッチ版を作ることにした」ということで、今回の形に落ち着いたと語りました。

気になるのは、オリジナル版であそこまでグラフィックが出来上がっているのに、なぜVR版が簡単には作れないのか? ということです。井上氏はそこで「実は、オリジナル版のゲーム画面を目コピして作っているんですよ」と驚愕の事実を明らかにしました。
というのもオリジナル版のデータは現在の開発環境で使うことが出来ないため、建物や看板、キャラなどのモデルはすべて一から作り直しているというのです。
井上氏は「ネットで『すぐに作れよ』といろいろ言われているんですが……」と苦労をにじませました。これは言うなればロストテクノロジーとなった30~40年前のゲームを現代の環境へ移植する難しさと似ているのかもしれません。
『クーロンズ・ゲート』の移植や『朱雀 Suzaku』のSteam版発売の可能性

その意味でもやはり気になるのは『クーロンズ・ゲート』をいまプレイする手段が限られてしまっていることでしょう。いまでも高い人気があるにもかかわらず、初代PSのゲームがたくさん登場しているサブスクリプションPlayStation Plusにも登場していません。
井上氏は「そろそろオリジナル版を焼き直したいけど、なかなか難しい」と回答しています。「皆さんの応援があれば、ありえるかもしれない」と語っていました。
またイベントでは、これから発売される『朱雀 Suzaku』がスイッチ以外に展開する可能性についても言及。来場者から「SteamといったPCなどでも予定はあるか」という質問が挙がったところ、井上氏は「大人の事情があり…」と苦笑。
PC版など他機種の展開について、井上氏は「売り上げが見込めるのであれば可能性はあります」と説明していました。『朱雀 Suzaku』の開発はすでに完成しているらしく、スイッチでの発売も「あとは大人の事情をクリアするだけ」と語っています。
九龍城の聴覚情報。声と音楽について

小黒の声優を務めた野中氏による、『クーロンズ・ゲート』の名シーンに合わせての演技も行われました。「夏先生に意識を乗っ取られた小黒」や、「ファイアの日について告げられる夢」のシーンを見事に演じていました。
あらためて、井上氏から小黒役になぜ野中氏を選んだかも明かしています。「小黒役は選ぶのに難儀しました。主人公に近いキャラで、女の子らしくないが女の子らしくもあるキャラで難しかったです」と、アンビバレントなキャラゆえのキャスティングに悩んだ結果だそうです。
野中氏は収録当時、基本的にプリレコ(映像を見ながら演技するのではなく、先にセリフを収録する手法)で進めたこともあって、主にゲーム本編の静止画を見ながら演技していたとのことです。
「とにかく台本が分厚く、他のキャラの掛け合いも一人で録っていました」と野中氏は振り返っていました。こうした収録ゆえか、なんと野中氏は共演者と誰とも会わないままだったとのこと。ゲームの音声収録では1人のケースも少なくないとはいえ、こうしたエピソードもどことなく『クーロンズ・ゲート』的ではないでしょうか?
蓜島氏は『クーロンズ・ゲート』のオープニングムービーで印象深い、どこかの民族歌唱から始まる音楽の制作秘話を明かしました。
蓜島氏は世界の民族音楽研究者である、小泉文夫氏がまとめたアジアの音楽シリーズから素材となる音を探していたところ、鮮烈な民族音楽の歌唱を発見したとの事です。
「当時は “上からの啓示”などが取り沙汰されることが多くて、不思議な世界でしたよ。今風に言えば、チャネリングとかスピリチュアルとか」と蓜島氏は制作当時、精神世界がブームになっていたことを振り返りました。
『クーロンズ・ゲート』はそんなカルトの危なっかしい話がやたら語られていた90年代の情勢もかなり反映していたタイトルでもあり、音楽的にはワールドミュージックを引用する形でそうした感覚を表現したタイトルだったな……と思い起こさせるお話でした。
実は「AKIRA」の大友克洋氏がキャラデザインする予定だった
『クーロンズ・ゲート』は膨大な情報量に彩られた九龍城に、サイバーな身なりの登場人物が跋扈するという風景が特徴であるがゆえに、筆者も「ちょっと漫画や映画の『AKIRA』にも似てるところがあるな」と思っていました。
ところがイベント中、本当に「AKIRA」の作者である大友克洋氏を、『クーロンズ・ゲート』のキャラデザインにオファーする予定だったという話が飛び出しました。


そんな井上氏が作り上げた、数々のキャラもイベントの展示会場にフィギュアが並んでいました。いま見ても異様な圧力を持つデザインなのは確かで、 “そのキャラが好き”というよりも “キャラを見ると、本編の入り組んだ世界を思い出してしまう”という感覚を覚えるデザインなのです。
「『クーロンズ・ゲート』を作っていたときは、天才級の人が揃っていたんだよ」とも語るほど、当時は強いメンバーが揃っていたとのことです。
“クーロン様に呼ばれているんだよ……またクーロン様に。”

このように多くの制作秘話が語られる中、イベントでもっとも不気味で、印象に残ったのが「クーロンさんに呼ばれているんですよ」という言葉でした。
蓜島氏は「『クーロンズ・ゲート』って。呼ばれるんだよね。ある日クーロンさんから呼ばれていくんですよね。同調していく。だんだん宗教的なものが強い話になってきましたが……」と音楽制作について語ります。
井上氏も蓜島氏の話に乗る形で、「クーロン様が夢枕にでてくるんですよ。『お前が今やっているのは正しいのか』と語りかけてきて」と、どう反応すればいいのかわからない話を展開しました。
ファンからの「どのキャラが好きですか?」という質問も、井上氏は「僕はみんな嫌いです」とひりついた回答を残しています。ではなぜそれでキャラデザインができたかというと、「定番の質問だから言うんですが、クーロン様に描かされているんですよ」とのこと。
ほとんど『クーロンズ・ゲート』の後半に混乱をきたしていく路人のセリフと似たような発言になってきているのですが、ともあれ作中の九龍城はもはやクリエイター自身も制御できるものではなく、作品自体に呼ばれ、作らされているような状態だったようです。
しばしば名作漫画などで作者が「作品に描かされている」と語ることがありますが、同じように作り手自身がまるで何かに憑りつかれ、トランス状態になって作っているケースなのでしょう。
『クーロンズ・ゲート』の場合、そんなトランス状態が開発の主要メンバー全員に及び、30年近くたった今もその状態が続いていると見ていいのかもしれません。ファンもまた、 “クーロン様”と呼ばれる何かに引き寄せられ、作品に憑りつかれ続けているのでしょう。
『朱雀 Suzaku』はニンテンドースイッチ向けに、パッケージ版とダウンロード版のふたつをリリース予定。ダウンロード版は2000円以下とするようです。一方でパッケージ版は特典付きの豪華限定版になる予定です。
「九龍路人集会」配信チケットは5月31日までチケットペイにて3000円で配信中。当日は行けなかった方も、イベントの詳しい内容や、蓜島氏の音楽と井上氏のVJによる映像がシナジーを起こすライブをチェックできます。
今回のイベントを取材して思ったことは、今度ファンミーティングが行われるとしたら井上氏と『クーロンズ・ゲート』のディレクターを務めた木村央志氏が揃ったところが見たいということです。お互いが『クーロンズ・ゲート』の先を追求したものを作り、何が見えたのか? これは、ファンの一人であり、作品に憑りつかれた一人でもある筆者のささやかな願いです。また、ファイアの日にお会いしましょう。